反省の意味

 

 先日、不用意な発言を繰り返したI大臣が更迭されるという騒動がありました。重責を負う要職に身をおく立場なら致し方のないことかもしれません。野党からは大臣としての資質に欠けるとも批判され、度重なる失態に首相が業を煮やした結果とも言えるでしょう。しかし、このことは決して永田町で起きた他人事ではないと思います。

 

 “人の振り見て我が振り直せ”の諺の如く、多くの人にとって学ぶべきことがあるからです。ある意味、昨今の日本、ビジネス社会の縮図とも言える出来事ではないでしょうか。そこで、今回は「反省」という言葉の意味について、今一度再考してみたいと思います。

 

 

 

 誰にでも仕事上のミスや失敗はあります。例え、プロと呼ばれる人であっても「そのようなことはありえない。絶対にしない」とは言い切れないでしょう。そうであるならば、反省の意味は、その事実をシッカリと受け止め“二の轍を踏まない”“二度と同じ失敗を繰り返さない”ことではないでしょうか。

 

ところが、現実の数多くは口先だけの反省です。「ツイツイ・ウッカリ・何となく・無意識・不用意」といったことが原因で起きる不注意や不手際・行き違いが無くなりません。それを幾度となく繰り返している。

 

先の大臣ではありませんが“反省の色が見えない。大臣としての自覚が足りない。無責任”れと全く同じことを、よく見かけます。政治の世界で見かける光景は、何処の会社でもある仕事の状況と似通っています。   

 

いくら、口では「反省しています。次回からは気を付けます」と言っても、心の底では「喉もと過ぎれば熱さを忘れる」ようでは困ったものです。周囲から「緊張感が足りない」と言われても仕方のないことでしょう。

 

 

 

 深く反省する。失敗の事実を真摯に受け止めたならば、少なくとも「次からは、二度とミスはしない。よく注意して、同じようなことは絶対に繰り返さない」という強い気持ちが、いつも頭の隅にあるはずです。

 

そもそも、反省点は、本来、改善しなければならない問題点であるべきです。しかし、残念なことにそうならないのが実際の世の中のようです。反省が、なかなか良い方向に結びついていきません。

 

同じ「反省」と言葉ではあっても、その捉え方・受け止め方は人によって大きく異なります。要は、その人自身が、自分の仕事と「どう向き合っているのか」それが、その人にとっての反省の意味だと思います。

 

反省の深さは「自身の仕事に対する責任感(プロ意識)に比例する」とも言えるかもしれません。

 

今回の大臣の更迭事件は、正に今の社会の現実、大人と呼ばれる人達の仕事に対する態度を象徴する出来事だったと思えてなりません。  

 

 

 

ひとつ見方を変えれば、そこが伸びる人と伸び悩む人との違いとも言えるでしょう。「仕事が出来る」と周囲から認められる人とそうでない人の違いは、能力の差というよりも、むしろこの辺りの差にあるように思います。

 

大きなミスや失敗はないが、その内容はマーマー・そこそこのレベルでしかない。一通りの仕事は一応できるが、何処の会社へ行っても通用する一人前のレベルではない。そういった人は、何処の会社にでも沢山います。

 

上司から注意されるようなことはないが何処かモノ足りない。お粗末とまでは行かないが仕事がイマイチのレベルの人たちです。

 

敢えて言うならば、彼らに共通することは“細かな注意が足りない・詰めが甘い・周囲への配慮に欠ける・先のことを読んで動くことが少ない”というようなことが目に付きます。目先のこと・自分のことだけで手一杯、自身の仕事に全く余裕がない人とも言えるかもしれません。だから、いつまでたっても、ひとつ上の目線で自身の仕事を見ることが出来ないのです。

 

その一方、仕事が出来る人は、少しでも良い方向に進もうとするビジネス感覚を持っています。自身で細かなこだわりを持って仕事をしています。彼らは、小さな問題、些細な不注意を見逃しません。常に現状のあり方について問題意識を持って仕事をしています。

その差が将来の実力・実績の違いになって表れてきます。いずれも、当たり前のことのようですが実際に出来る人は極一部の人だと思います。

 

 伸びる人は、目の前の小さな反省材料を疎かにしません。それを積み重ねて自身の仕事のスキルに変えるノウハウを持っています。それが成長の糧になることを知っているからです。反省の意味は、このような学習能力を身につけることにあると思います。

 

 

 

( 平成2955日 )           © 公認会計士 井出事務所

 

 

 

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      :反省材料を拾う