コミュニケーション断絶の時代                     (その1 職業選択の自由がもたらしたこと)  

「職業選択自由、ハハン」こんなCMが話題になった時代がありました。

時は、1989年、R社は「サリダ」という転職雑誌を発刊しました。その「職業選択の自由」というキャッチフレーズは、まさに転職時代の幕開けとなる象徴的なものでした。そこから「会社に縛られない働き方」「フリーターの職業化」「雇用の流動化」「非正規雇用」といった様々な言葉が生まれていきました。 一方、逆の視点から見ると、このような動きは「終身雇用」「年功序列」「年功賃金」といた日本的な雇用環境が変わり始める転換点だったのかもしれません。

 

“コミュニケーションが悪い"“職場のまとまり、一体感がない"“周りの動きに無関心”など職場のコミュニケーションの問題が大きく叫ばれるようになってから、だいぶ立ちますが、その声は未だに後を立ちません。 

「パソコンで仕事をするようになってから、その傾向が強くなった。メールでのやり取りが増えてから、隣に居ても言葉を交わさないようになった」という話もよく耳にします。

 パソコンが、ビジネスにとって不可欠のツールになったのは、今から約20年前、丁度ウインドウズ98が出た頃だったように思います。当時、大きな会社では「言った言わない。聞いていないよ」といったビジネスコミュニケーションの悪さを改善する為に、急速にパソコンの導入を図りました。

その最も大きな理由は、職場として共通の認識を持つべきこと、仕事として共有すべき情報を誰もがわかるように残すということでした。

パソコンで、それらの情報のやり取りをすれば全てが記録に残り、何が本当のことだったのか、後で確かめられるからです。その先駆けとなったのが、メールによる社内の業務連絡でした。

 ところが、今では、その頃よりも益々、職場のコミュニケーションが大きな問題になっています。奇しくも、改善を目指したメールが、現在のコミュニケーション悪化の槍玉に上がっているのは、なんとも皮肉なことです。

「後で見れる。確かめられる」という記録性に注目して導入したメールですが、現在では「まだ見ていない。ウッカリ削除した」という理由で、コミュニケーション・ツールとして有効に機能していません。

昔と変わったのは言い訳だけで、コミュニケーションの問題は、本質的にパソコン導入前と何も変わっていないのです。「言った言わない。聞いていないよ」から「まだ見ていない。ウッカリ削除した」に変化したに過ぎません。 このように見てみると、職場のコミュニケーションの問題の本質は他の所にありそうに思えてなりません。

 

どうして、職場の状況が今のようになったのかと言うと、その大きな転機になったのがバブル期前の90年代初頭だったように思います。

多くの転職雑誌の創刊やテレビCMの影響もあって「今の会社に縛られない」という仕事観「いつでも会社を移れる。自由に転職できる」という考え方は会社で働く人達の間に急速に広まっていきました。

転職(実際には「転社」であることが多い)ということが認知され始めたその頃から、働く人、仕事をする人の気質が、大きく変わってきたように思います。

それまでの終身雇用を前提とした就職は、会社に入る以上、そこで一生お世話になることが当たり前でした。「会社のために頑張ろう。会社の成長に貢献しよう」という、まだ“会社に奉公する時代でした。

 そして「社員の適性」として“仕事における協調性"“協働”ということが強く求めらました。

ところが次第に「家庭やプライベートを犠牲にしてまで仕事をする」という考え方は、時代の流れに合わなくなってきました。「仕事は仕事。プライベートはプライベート」と割り切って仕事をすることが、新しい働き方、これからの仕事の仕方になっていったのです。

 

しかしながら「会社に縛られない働き方、自由な仕事の仕方」という新しい考え方は、いつの間にか思わぬ方向へ一人歩きしてしまいました。

その言葉の響きに酔ったかのように「いつでも転職は出来る。この会社が嫌になったら辞めればよい」という風に多くの人が勘違いをしたように思います。

このような安易な発想は「会社への帰属意識」や「仕事への責任感」を自然と希薄化させたのです。

会社に滅私奉公をしなくとも、会社の一員であることには変わりません。「仕事とプライベート」を分けるのは良いにしても、自分に与えられた仕事への責任は変わるものではありません。

ところが「これからの働き方、自由な仕事の仕方」という考え方を思い違いした人は「マイペースでやっていけば良い。自分なりに頑張ればそれで責任を果たしている」と思い込んでしまいました。

そのマイペースな仕事振りは、その頃「役割限定症」「忙しい病:『忙しい忙しい』と言っているだけで何も仕事をしない人のこと」と呼ばれました。

 

それが高じた結果が、職場(会社)の一員であることを忘れ、自分のスタイル自分のペースを最優先するような、勝手気ままな仕事のやり方につながっているのではないでしょうか。

「与えられた仕事だけで手一杯、他人のお手伝いをする時間も心の余裕もない」「自分の仕事だけをやっていれば良い。大切なのは自分の役割を果たすことだけ」といった、仕事に対する考え方、仕事の仕方が、残念なことに、今日の多くの人の主流になってしまいました。

「周囲の動きに目が向かない。隣の人がどんな仕事をしているのか、わからない。自分の仕事以外は無関心」「皆、他所事、他人事」といった、今日のコミュニケーション問題の根底にあるのは、このような時代の流れがあるように思います。大袈裟な言い方をすれば、その起点になったのが「会社に縛られない働き方、自由な仕事の仕方」という、25年前のR社のCMにあるように思えてなりません。

 

常々、当事務所では「チームワークで商売をする仕組み」が会社であるとお伝えしています。

「仕組み」というのは、会社の仕事の仕方が各担当者による分業制になっていること。

「チームワーク」というのは、例え分業制であっても、お互いに助け合って仕事をするということです。誰かのミスやトラブル、不始末を他の誰かがサポートしてバックアップするような体制になっていることです。

「職場の一人一人が、チームとしての連帯感を持って仕事をする」それが「職場のまとまり」とか「職場の一体感」という言葉の本当の意味だと思います。皆、他所事他人事では、会社の仕事は動きません。職場の周囲の動きが目に入っていなければ仕事になりません。社員であるならば、周りのメンバーの仕事の進み具合をいつも頭に入れておくべきです。

今も昔も、ビジネスは競争原理の中で動いています。状況に応じて臨機応変に動けなければ会社は商売にならない。会社員である以上、そのことを忘れてはいけないと思います。

 

( 平成27317日 )         ©公認会計士 井出事務所

 

 ► 関連項目: 社員の職務意識

         職場のマナーと職場のコミュニケーション

挨拶も仕事のうち

       部下に有言実行を期待するだけでは何も変わらない

         不言実行を期待する限り当たり前のことはできるように

                 ならない