トップの実行力とは? 今一度、経営の仕事について考える
あるIT企業では、ここ数年、売上総利益率の低下に悩んでいました。実際、上場されている同業界各社のその数値を比べてみると、とても同じビジネスをやっているとは思えないほど企業格差があります。
その原因はというと、①開発PJCT(プロジェクト)時間の長期化⇒ ②開発原価の高止まり⇒ ③利益率の低下 という、この業界によくある儲からない会社の典型的なパターンにはまっていたのです。
さらに、この内容を深堀していくと、①納期管理・不具合(バグ)管理といったPJCT進捗管理の不徹底⇒ ②プロマネ(プロジェクト・マネージャー)の力量のバラツキ という問題に突き当たります。
実は、これらは、この業界人なら、誰もがわかっている「当たり前の問題点」であり、開発業務に関わる「負の連鎖」の現実に他なりません。
その一方、勝ち組企業の経営は、その点を十分に理解して、SE(システム・エンジニア)やPG(プログラマー)の個の力に頼らない組織的な開発体制を整えるために様々な手を打っています。
開発工程を短縮化するために
① 過去の「設計書」「仕様書」「不具合管理」など個々のPJCTの案件 情報を集約し、設計・開発・検証プロセスのナレッジ情報(ノウハウ) を共有化するシステムの導入
② SE、PGの技術研修制度の充実
③ 技術者(SE・PG)の技術レベルと給与制度のリンク
等々 様々な戦略を仕掛け、改革を実行しています。
システム業界は、SEやPGの力量の優劣がものを言うビジネスです。開発スピードの速い会社、業務効率の高い処が、高い利益を獲得できる「勝ち組」になっています。技術力の高い人材を揃えることが、会社の開発力やコスト競争力の差になって表れてきます。
もう少し細かく言うと、成り行き任せのプロマネ(SE)ではなく、先を見て動けるプロマネを育てること。全体的なPJCTの進捗状況を見て先手を打てるプロマネを数多く養成することが企業成長の鍵になるのです。
しかしながら、伸び悩む会社では、このような問題を解決することは、トップが経営の仕事と思っていません。開発現場の問題は現場のリーダーであるプロマネやSEが解決すべき問題だと思い込んでいます。
会社の収益力に極めて大きなインパクトを与える問題でありながら、その解決策を現場任せにしてしまうのはいかがなものかと思います。
残念なことに、経営戦略の一環として捉えるべき問題が、いつの間にか、管理者の能力や彼らのやる気の問題に摩り替わってしまうのです。
こういう社長さんほど「現場の皆で話し合って決めてください」と口にします。ところが、その件についてお金がかかるとなると、急に「それは難しい」と言い出します。
よく考えてみると、社内の業務改革を実行するにも現場のリーダーに「できること」と「できないこと」があります。例えば「技術者(SE・PG)の技術レベルと給与制度のリンク」という改革は彼らの権限で出来ることではありません。また「設計・開発・検証プロセスのナレッジ情報(ノウハウ)を共有するシステムの導入」もお金のかかることなので管理者レベルで勝手に決めることはできません。現場リーダーである管理者は、人事に関わる権限や予算の決定権を持っていないからです。
その結果、技術レベルの向上・開発効率の改善・開発スピードの短縮・コスト競争力といった、会社の成長性に関わる極めて重要な戦略テーマであるにも関わらず、実際の動きにはなかなか繋がって行きません。経営がこれらの問題にシッカリと関わらないからです。
取引先から見ると、いつまでたっても問題を先送りしている開発レベルの低い会社、技術力の無い会社でしかありません。会社の数字は「トップの実行力」そのものを示しています。このような現実を経営が受け入れ、会社として本腰を入れて取り組んだところだけが、業績を伸ばすことが出来ます。
システム業界にかかわらず、自社の業績が頭打ちであると感じている会社の社長さんは、今一度、自身の仕事の内容や役割について再考すべきだと思います。
(平成28年8月7日 ) Ⓒ 公認会計士 井出 事務所
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