プロの経営感覚

 

社員に言いたいことは山ほどあるが上手く言葉にできない。そのことにもどかしさを感じている。また、伝えたいことはたくさんあるが、余計なことを口にして誤解を招きたくない。言うべきか言わざるべきか。そのことに迷いを感じている社長さんはたくさんいらっしゃるでしょう。同じような思いを持っている上長の方も多いと思います。ところが、実際の経営の現場に立ち会ってみると、ほとんど方が思っていることの半分も言葉にしません。 その一方で、気兼ねなく話をできる業界仲間にはブツブツと社員の文句ばかり言っています。

“指示・連絡・確認・報告といった職場のコミュニケーションの問題。仕事上の不注意・不手際など仕事のやり方の良し悪し”について、社長として言わなければならないことは沢山あると思います。

 

数年前に「経営者のためのコミュニケーション術」というタイトルで何回か、公の場で講演をさせていただきました。その趣旨は「経営として言うべきことをシッカリと部下に伝える」ことでした。一見当たり前のことのようですが、実際には難しいことです。何かと考えすぎて、それが上手く出来ません。往々にして、業績の芳しくない会社の社長さんにありがちな傾向です。

その結果「仕事を部下に任せっぱなしにする。人によって仕事のレベルにバラつきがある。現場のチームワーク、コミュニュケーションが悪い。職場に緊張感が足りない。締りの無い感じがする」といった現実に直面しています。

逆に、仕事にシビアな会社の社長さん、伸びている会社の経営者は、自身が(経営者として)言うべきことことをズバズバと下に発していきます。上からの指示や注意事項を徹底しています。自分が言わなければ誰が言う。下に任せていては仕事が進まない。部下に遠慮していては何も始まらない。管理職に任せていたら、何も動かないくらいの感覚でドンドン言葉を発しています。また、それが経営の仕事だと思っています。

 

この話で思い当たるのが、数年前にお手伝いをさせていただいた「上妻金属㈱」という社員が10名ほどの小さな金属加工の会社のことです。

そこは、軽金属の切削・研磨といった微細加工が得意な処で、その技術力は業界内でも名の知れた会社でした。その技術は、外山さんという、この道50年のベテラン熟練工の職人技に支えられているといっても過言ではない状況でした。その頃、外山さんはもう六十を大分過ぎており、その技術継承(伝承)が会社の大きな問題になっていました。ところが、職人気質の彼は、自分の技を積極的に後進に伝えていこうと態度が見受けられません。「この仕事は自分にしかできない」といった彼のプライドが会社の存続問題にまで膨らんでいたのです。

 社長曰く、そんなことは10年以上も前からわかりきっていたことで、事あるごとに外山さんにその話をしてきたと言います。でも、言い過ぎてヘソを曲げられても困るので「グッと堪える。イチイチ口に出すことを思い留める」ことが続いてしまったのです。

“やらなければいけないとわかっていても、なかなか実行に移せない”小さな会社にありがちな典型的な経営問題のひとつです。

 

どうでしょう。皆さんの会社は、この会社と似たような状況ではないでしょうか。業種は違えど、上妻金属と同じ問題を抱えている会社は多いと思います。そこで考えていただきたいのは、この会社の技術伝承の問題は「社員の方に問題があったのか、経営の方に問題があったのか」ということです。

 

そもそも、トップには「安定経営をして会社を存続させる。会社を成長させる」といった経営の仕事があります。そして、何よりも“会社の商売(ビジネス)ありき”で考え、動くことが求められます。よくよく考えてみると、彼はこの会社の一社員でしかありません。本来であるならば、社長の指示に素直に従うべきです。

 その際、物応じすることなく、仕事として「言うべき事(指示・指摘・注意・確認)」をシッカリ社員なり、部下に伝えることは、リーダーの極めて重要な役割です。上妻金属の社長さんのように「言うべきか、言わない方が良いのか」思い止まる。その逡巡は無用の心配です。

 

人間、誰しも頭では「やらなければいけない」とわかっていても、実際に出来ないことは数多くあります。

  しかし、そのようなことを客観的に判断し、実行する力こそ、経営に求められる能力のひとつだと思います。

 今の時代、例え小さな会社であっても、情緒的な思いに捉われることなく、理性的に動ける「プロの経営感覚」が経営者には求められます。「やるべきことはやる。着実に進めていく」このような経営感覚を身につけていないと現場の実行力を高め、ひいては自身の会社の業績を伸ばしていくことは難しいと思います。

 

 ( 平成29120日 )      Ⓒ 公認会計士 井出 事務所

 

▶ 関連項目:  リーダーの気概

今一度、経営の仕事について考える

会社にも「我慢の為所」がある

何事もハッキリしない抽象企業では伸び悩む