事業再建における「伸び白の広げ方」
前回の「事業再建における伸び白の探し方」に引き続き、業績不振に陥っていた焼肉チェーン店の「つるみ(仮名)」を立て直したP社の再建手法についてもう少し検討してみましょう。
そのベースになったのは「当社は、焼き肉屋という外食産業ではなく“美味しい焼き肉を気持ち良く召し上がっていただく”と言うサービス業である」という店舗の運営方針でした。
業種に関わらず客足が低迷しているお店舗に共通することは、お店全体に活気が無いことです。いかにも流行っていない感じがするものです。お店のやる気、気持ちはスタッフの声に出ます。声が小さい。口にこもったようなハッキリしない言葉。動き方が何となくモタモタしている。彼らのやる気の無さが何となく伝わってきます。何処か、ダラダラとしたような雰囲気がある。それでは、お客様はそのお店に二度と行こうとは思いません。
お客様はお店の従業員が、元気に快く出迎えてくれるから、その店に行こうと思います。心地よい“おもてなし”があるから、そこで食事をしたいと思うのです。彼らの元気な声やテキパキとした動き、大勢の人の賑わい。そこに惹かれるので、お客様はお店に足を運びます。
昔も今も繁盛店のポイントは、お店の活気・エネルギーであり、スタッフさんの活力、接客力に他なりません。
「つるみ」の場合、一時期の好調に浮かれて、経営者や店長の頭から、そのことがすっかり抜けてしまいました。そこで、P社は、店舗営業の大原則に立ち戻って再建を図ったのでした。
しかし、一旦下がった従業員のモチベーションを上げることは至難の技です。一から店舗を立ち挙げるよりも大変なことです。「声の出ないスタッフに元気な声を出せ。配膳や下げ膳をもっと素早くテキパキにこなせ」と言っても掛け声だけは、できるようにはなりません。もともと、従業員やスタッフさんの接客トレーニングが足りないので尚更のことです。
赤字の店舗に共通することは「お客様の目線で見た、最低限の当たり前のことが出来ていない」ことです。日々のひとつひとつの仕事がルーズになっていることに気付けません。しかし、残念なことに店長を筆頭にお店のスタッフ全員がそのことがわかりません。自分達はちゃんと仕事をしていると思い込んでいる。
そこで、P社はお店のメンバー全員で一から接客トレーニングをやり直すことにしました。まずは「いらっしゃいませ。ありがとうございました」といった基本的な接客用語の声出しです。次に、オーダーやお水のお替わりなど、お客様のコールへ素早い対応。その際の丁寧さ。配膳や下げ膳のスピードアップ。お勧めメニュー、キャンペーン・メニューの勧め方。お会計時の店内販売のお勧め法。等々、これまでできていなかった接客作法を細かく洗いだしました。そして、スタッフ全員が出来るようになるまで毎日トレーニングを繰り返しやるようにしました。
どのような仕事にも言えることですが、仕事の実行力を身につけるには、まず手足を動かすことが欠かせません。「習うより慣れろ」で形から入ることが重要なのです。上司が口先であるべき論を唱えるだけでは、下はいつまでたっても仕事は身につきません。いくら、口やかましく言っても仕事は出来るようにはならないのです。
接客の仕事は、さらに「お客様へ言葉を掛ける」という言葉を発する一手間が加わるので尚一層大変です。
P社が「つるみ」の経営を引き受ける前は、これらの仕事は全部各店長に任せっぱなしの状態でした。曲りなりにもチェックリストのような下を指導する最低限の仕組みはありましたが、それを徹底できなかったのです。形ばかりの社員教育。おざなりなレベルの指導でしかありませんでした。
そこで、トレーニングの内容を徹底するために、まず接客業務のチェックリストの内容を細かく見直しました。
さらに、これを使って「とてもよく出来ている・よく出来ている」と毎日各人が5段階で評価して店長に提出することにしました。また、その良否のポイントと今後の改善案について、お互いに話し合うようにしたのです。
会社として「やらなければならない仕事のルール」を明確にし、それを実行できる「仕事の仕組み」を創ったのです。
さらに、エリア・マネジャー制度を設け、彼らが日々各店長の店舗運営レベルをチェックする仕組みも作りました。これまでとは違い、店長自身も上からチェックされるので一切手抜きが出来ないようになりました。
このようにして、P社は「商売の“いろは”の“い”」である「当たり前の接客サービス」を徹底したのです。
会社として、店長を含めた社員、スタッフさんを指導する土台となる基礎システムを作ったことが、P社の「つるみ」再建のスタートでした。「石の上にも三年」という諺がありますが、「つるみ」の場合、5年という時間を要しましたが、ようやく業績をプラスに転じることに成功しました。
( 平成28年5月21日 ) Ⓒ 公認会計士 井出 事務所
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言うは易し、行うは難し
注意や確認を忘れない
お客様にとっての当たり前