客観的に物事を見る眼を養う

 

部下の仕事振りを見ていると、本人はちゃんとやっている。キチンとできていると思っている仕事でも、周囲の眼からはマダマダ物足りないと映ることがあります。

 上司からすると、もっと細かな注意、正確さ、スピード感が欲しいし、詰めも甘い。一通り仕事を覚えたレベルであって、とても仕事ができるというレベルではない。もっともっと頑張って貰わないと困る。安心して仕事を任せられる一人前のレベルには程遠い。

ところが、部下からすると、上司から注意されることもないし、叱られることもない。小さなミスはあっても大きな失敗をしている訳でもない。

だから、チャンと仕事が出来ていると思い込んでいる。

このようなちょっとした勘違いは何処にでも良くあることです。どうして、このような勘違いが起きるのかというと、上司の眼にどう映っているのか、自分の仕事の良し悪しを自身で判断することが出来ないからです。周囲の目線を気にせず、自己満足のレベルで仕事をしている。だから、いつまでたっても、そのギャップに気付けない。自分の思い()の中でしか自身の仕事ぶりを捉えることが出来ないからだと思います。

 どのようなジャンルの仕事であっても、仕事のできる人は周囲の評価と本人の自己評価にとの間にあまり差がありません。実は、ビジネスの世界ではそこがとても大切です。

客観的に自分を見る眼を持っているか。物事を的確に判断できる力を持っているのか。そこの違いが大きいのです。自分の仕事のレベルを客観的に評価できる人は、良い意味で、いつも周囲の視線を感じています。

そして、自ら周りに声を掛け、その声に耳を傾けています。そのことは、何も部下の仕事振りに限ったことではありません。全く同じことが会社についても言えます。

 

 ひとつの例を挙げるなら、金融機関への融資の申し込みがあると思います。申請をしても、なかなか良い返事をもらえない。事業計画など提出書類は全部揃えたし、社長本人は何の問題もないと思っていました。

 ところが、融資担当者からすれば、その計画にこそ問題があると言いたいのです。詰めの甘い計画書がほとんどだからです。必要な資金の用途の説明ばかりで、肝心な事業の今後の進め方、その内容に説得力がない。もっともらしい数字が並んでいるだけで、どのようにビジネスを展開していくのか、実際の営業の進め方がハッキリしていない。このような状況では、お金を借りるのは難しいと思います。

金融機関はお金を貸すのが仕事です。しかし、貸したくても貸せないのも事実です。よくTVで「ご利用は計画的に」とサラ金CMが流れていますが、その本音は「返済は計画的に」ということに他なりません。お金を借りるには借りるなりの説明責任を果たして欲しい。それが金融機関の本音です。

ところが「事業計画の見通し」が社長の想い、アイデアのレベルで留まっていると、具体的なビジネスの細かい話、実際の進め方まで頭が回りません。

要は「計画の見通しが甘い。詰めが足りない」と言うことです。しかしながら現実のビジネスは、そこが一番大切なことだと思います。金融機関の見方と社長の考え方に隔たりがあっては、融資は受けられません。

金融機関は、その会社の決算書の数字だけで無く、シッカリと経営者の力量を見抜いています。彼からすると、少なくとも、これからこういう風に営業が動いていくんだ、という具体的な動きが見える資料を揃えて欲しいものです。

一例を挙げるなら ①実際の営業活動に使用する提案書なりチラシ、カタログ等の見本 訪問予定先(業界別会社名)のリスト ③半年くらいの営業計画書(訪問件数、訪問後の見込客数)等があります。

これらの内容を見れば、ビジネスを進めていく上でのシッカリとした見通しを持っているか、シビアにビジネスを捉えているか、計画の詰め方に漏れはないか、一目瞭然です。

  

企業にも取引先の目という周囲の評価、暗黙の目線があります。取引先はシビアに当社の力を見ています。その対外的な評価がわからないようでは、自社の本当の強みも弱みもわからないでしょう。自社の力を客観的に分析することも難しいと思います。何故ならば、思い込みの世界でしか自社を見ていないからです。

このように見てみると、部下の仕事ぶりの評価と同じことが会社についても言えるのではないでしょうか。

引先の視点(評価)と自社分析の内容が異なるようでは、経営戦略の方向性も的外れになってしまいます。

自社の実力を客観的に分析できる力を持っているか。物事を的確に判断する力があるのか。基本的なことのようですが、経営に求められる極めて大切なことだと思います。

 

 ( 平成2631日 )          ©公認会計士 井出事務所 

 

► 関連項目: 自社分析を行う際のポイント営業部門の現状分析

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