SWOT分析について( その3 ビジネスチャンスの摑み方 )
「うちの戦略は当らないんですよ」数年前、ある鉄鋼メーカーの部長研修の受講生の方が口にした言葉です。上場会社の多くは、経営企画部が経営戦略を立案し、各事業部がその内容を実行する仕組みになっています。
しかしながら、その流れはあまり上手く行っていない処が多いのも実情だと思います。先ほどの部長さんの発言ではありませんが、それは素直に、経営と現場に当る事業部のギャップを言い当てた言葉とも言えます。
とは言うものの、この会社では、過去3年間に出した新製品の売上割合が、既に総売上の三割を超えていました。これらの新製品が、将来的な会社の主力製品、基幹製品になりつつある状況だったのです。
経営戦略は当っていなくとも、営業や生産、開発部門の現場レベルの連携による顧客対応力が優れており、結果的にはビジネスの方向性を見誤ることなく、成長できた会社だったのです。
戦略と現実のミスマッチや経営と現場のギャップは、何もトップと事業部というような大会社の組織の関係だけに起きることではありません。
小さな会社の経営と営業との間でも同じようなことがよくあります。
「お客様の声に耳を傾けること」はビジネスの基本中の基本ですが、現実にはなかなか難しいことのようです。「お客様の声を良く聴く。意見を吸い上げる」それが、実際にできている会社は少ないと思います。
先日、鋼材を取り扱う商社であった出来事を紹介しましょう。この会社では自社工場を持ち、自社加工を主力にしてビジネスを展開していました。
また、自社ではできない加工はシッカリした技術を持った協力会社に外注をしていました。
ある取引先から、従来とはちょっと内容の異なる仕事の相談がありました。その会社は、現状、大きな取引のある処ではありませんが、成長意欲の高い将来性のあるお客様でした。ところが、その担当営業は「当社でできるかどうか」その相談内容を良く確かめることなく独断で仕事を断ってしまいました。
後日、上司がその会社を訪問した時、その事実がわかりました。
その担当者によれば 「その時は、手間のかかる仕事を多く抱えていて忙しく、イレギュラーな仕事について工場や外注先まで確認することに手が回らなかったので」とのことでした。要は、重要ではない取引先の面倒な仕事は引き受けたくなかったのです。この人はベテランで比較的仕事のできる人でした。残念なことですが、少しでもお客様のお役に立とうという気持が足りなかったのだと思います。
営業関係のお手伝いをしていると、実は、この手の話に多く接します。
営業の多くは、リスクのある仕事や手間の掛かる案件、難しい相談事を請けようとしません。失敗してクレームが出るのが怖いからです。
自分が確実にできること、直ぐわかることを優先します。むしろ、手馴れた仕事やリスクの少ない仕事しかやろうとしない傾向があります。
ですから、自身が、ややっこしいと思った仕事は上司に相談することなく、勝手に断ってしまいます。無論、その相談の事実を報告することもありません。 そのことを伝えれば「何としてでも受注しろ」と言われるに決まっているからです。決して口にはしませんが、彼の本音は「たださえ忙しいのに、殊更面倒なことは勘弁して欲しい」のです。
その他にも、担当営業が良くやるのは、自社が新しい商材を扱い始めたり、新たなビジネスを始めた時に「当社は、新しくこんなことを始めました。こんなこともできます」ということを、お客様にシッカリと伝えていないことです。そのために、当社でできる仕事を他社に取られていたり、あるいは社内で少し工夫すればできる仕事を取り損なっています。
残念なことに、日々の仕事、目先のことしか頭にないからです。そこまで頭が回わる営業もあまりいません。
ひいてはそれらの行為が、新たなビジネスチャンスを見落としていることに繋がっていることが往々にしてあります。
これまでとは異なる仕事にチャレンジして新たな商材を開発する。自社の技術開発に繋がる案件を探し出すのも営業の仕事です。新しい案件、これまでとは異なる分野の仕事を見つける。それが、将来への布石、次に繋がる材料になるという考えがないようでは、人も会社も成長できません。
商売熱心な会社は、このようなちょっとしたビジネスチャンスを決して見逃しません。「変化の兆し」は、いつも最前線の情報に隠されています。お客様からの相談事、それもこれまでとは異なる内容の話(案件)、新しい内容のものは、多くの場合、新たなビジネスの可能性を示しています。
そこに気付けないから、この先何をして行けば良いのかわからないのです。それらを見落としていて「先行きが見えない」と言うのは可笑しなことだと思います。お客様からの宿題を確実にこなす。そうすれば、自ずと当社の先行きやビジネスの方向性が見えてくるものです。
将来の方向性や業界のトレンドを的確に読むことは難しいことです。
それよりも、むしろ素直に、目の前の現実のお客様の相談事からビジネスの可能性や将来性を検討すべきだと思います。
トップが、将来への動向を読むには、ビジネスチャンスとなる変化の兆し(情報)を確実に掴み取ることが不可欠です。そのためには、どんな小さなことでも、お客様からの要望や相談事を無視してはなりません。
具体的に示すならば、お客様の要望や相談事をタイムリーに掬い上げる仕組みが必要です。お客様のどんな小さな相談内容であっても、相談事は、必ず一度お預かりして、社内で検討してから返事をするという仕組み創りが求められます。お客様からの相談内容は、必ず報告書にして提出するというルール創りが欠かせないと思います。
( 平成26年9月14日 ) ©公認会計士 井出事務所
► 関連項目 SWOT分析について( その2 機会と脅威の事例 )