ローテーションと若手の登用

 

営業を始めとして、工場や技術、サービスのような現場のことも中小企業の社長の仕事は多岐に渡ります。会社によっては、仕入・調達が商売のキーになっている業種もあるでしょう。経営に求められるのは、個々の部署のことだけでなく全体的なバランス感覚です。もちろん、その根っ子にあるのはビジネスの採算性であることは言うまでもありません。

 仕事はできるけれども経営がわからない現場ドップリの管理者は、このような経営の勘所がわかりません。現場の親分気取りでは経営は務まりません。だから、いつも自部署のことを最優先することしか思いつかないのです。

 商売繁盛のために、何を最優先にしてビジネスを進めるのか。また、対処すべき数多くの難問・難題をどのようにして解決していくのか。その判断をし、実行するのが経営の仕事です。

 そのことを社員に理解して貰うには、経営が一方的に話をするだけでなく、実際に「経営上の問題をどのように解決するのか」同じ目線で考え、動くことが求められます。そのためには、小さな会社であっても若いうちから経営の現場に巻き込むことが良い方法だと思います。三十前後の中堅層をもっと上手くつかう。それが、彼らに経営マインドを身につけさせる最良の方法だと思います。

 ベンチャー会社では至極当たり前のことですが、社歴の長いでは年功序列の発想がまだまだ残っていて難しいことだと思います。頭の固いベテランよりも、発想が柔軟でフットワークの軽い中堅層の方が、時代の流れやスピード感など、その動きに向いています。

 

先回の「現場管理者からの脱皮」の際に取り上げた出雲工業の実例を、また紹介したいと思います。

  この会社は、営業と工場のコミュニケーションが悪いことが原因で、大きなクレームを出し、取引中止という最悪の事態を引き起こしてしまいました。 最大の問題は、営業と工場も自部署の立場を主張するだけで、社として今後の具体的な改善案を打ち出すことが出来ないことでした。

 そこで、社長の出雲氏はクレームを出した取引先に出向き、お詫びと共にこれまでのクレーム発生の事実関係を明らかにしようと考えました。

その際、技術的な問題に答えるために若手有望株と期待している工場の技術課の船橋君を同行させることにしました。以下は、その時の取引先の担当者との打ち合わせのメモです。

 

得意先からの指摘事項

 

 ① どうして、このようなスペック間違いが度重なるのか。その理由が

   わからない。担当営業は、これまでただ謝罪するだけで、その原因を   明らかにして、具体的な改善策を持ってくる訳でもない。

   その結果、当社としては、出雲工業は注文したとおりに加工できない。

   技術レベルの低い会社として認識せざるを得ない。取引中止もやむ

   終えない状況にある。

 ② 既存製品のスペックの変更にしても新スペックの製品にしても

  仕様が発注内容と異なる。

 毎度毎度のことだが、仕様内容を確かに伝えたにもかかわらず、

発注した内容が正確に工場に伝わっていないとしか思えない。

 ③ 当社(出雲工業)の技術部門の担当者が商談のポイントで同席して

 いない。 また、スペック変更があった場合でも、工場からスペックの 

  内容に関わる確認の連絡も一切ない。

 ④ 発注のタイミングが急だとか、遅いと言うが、納期が遅れると

 こちらの生産ができなくなるので、どんなに遅くとも2週間前に

発注している。

 

このとき出雲氏は船橋君の気の利いた卒のない受け答えに関心しました。改めて彼の営業センスに気付かされたのです。そこで、今後の改善提案の作成を彼に任せてみることにしました。

 

船橋君の「原因(事実関係)分析」

 

 ① 取引先は、納期日の2週間前に発注しているにも関わらず、工場に

        オーダーが入るのは早くて1週間前だと言うこと。

 ② 取引先も生産現場と細かな打ち合わせ(スペックの変更内容)

      必要であると思っている。

③ スペック変更がある場合、工場は営業を通して内容確認をしている 

      が要領を得ない回答が多い。

 営業から取引先からの指示は伝えた通りと返ってくるだけである。

 当社の営業は、技術的な基礎知識が余りにも不足している。

④ 工場としては、かねてから取引先と直接打ち合わせをしたいと

      営業に伝えている。

    しかし、営業は「価格交渉の問題や情報を一元管理するために」と

 いう理由で、工場が直接取引先と 連絡を取ることを嫌がる

 

船橋君の「改善提案」

 

 ① 新製品やスペック変更がある場合は、取引先から直接技術情報を

        貰えるようにする。具体的には「要求仕様書」を先方に書いて

        いただき、それを直接工場にメールなりFaxして貰う。

  ② 工場は、確認のため、必ずその旨を直ちに営業に連絡する。

  ③ 技術的に細かな打ち合わせが必要な場合は、工場が直接取引先の

   担当者とコミュニケーションをとる。

  ④ 少なくとも3ケ月に一度くらいは定期的に工場の技術も、主要顧客に

   出向きコミュニケーションをとる。

   その際、技術の視点で先方の動き(情報)を探ることを忘れない。

 

 この一件により、社長として出雲さんが気付いたことが二つあります。

ひとつは、中小企業はどうしても営業一筋云十年といった超ベテランを求めるが、かえってそれが、部署間の垣根を作っている。長い間に染み付いた自部署(中心)的な発想や固定観念が、営業・工場と言った変な縄張り意識になっている。営業部長も工場長も経営的な視点を持てない原因は、このような視野の狭い仕事のやり方が根底にあるのでは、ということです。

 そこで、これからは有望な人材こそ、部署間のローテーション(移動)を行うことにしました。その第一号として、タイミングを見計らって技術課の船橋君を営業に回すことにしました。

  もうひとつは「当社は技術力を磨き、そこで差別化していかなければ、会社の未来は無い」ということです。そのためには、技術の人間をもっと工場の外に出し、業界の流れとか風を感じられるようにしないといけません。

営業だ、工場だと言う垣根を取り払い、技術部門の人も定期的に取引先に足を運ぶような仕組み創りが必要だと思いました。将来的には、技術と営業が一体となって営業ができれば会社を強くできると感じました。

 

このように見てみると、経営判断に関わる資料作りやローテーション(配属替)など、社員が経営的な考え方や発想を身につける方法は沢山あると思います。大企業のような研修システムが無くとも、仕事の任せ方次第で、経営幹部を育てる土壌になるからです。

「鉄は熱いうちに打て」の例えの通り、若い感性を信じて大切な仕事を若手に任せてみることも必要です。

  経営幹部、社長の右腕が育たないのは、経営者自身が何でも自分でやろうとしたり、情報を抱え込んでいるからではないでしょうか。それでは、部下の経営センスはいつまでたっても磨かれません。

 

( 平成27927日 )        Ⓒ 公認会計士 井出 事務所       

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