「職場のマナー」と「職場のコミュニュケーション」

 ある日電車に乗っていると「車内ではケータイ電話の電源をマナーモードに切り替えてください。社内マナーにご協力をお願いします」と良く聞く車掌さんのアナウンスが耳に止まりました。よく考えてみると、マナーというのは気を利かせて自粛することです。周囲を状況を見て自主的に動くことであり、そもそも他人から言われることではありません。マナーを守るよう指摘されることはマナーという考え方そのものが常識として通用しなくなっていることを意味しています。 

 

 たしかに他人より一歩前に出なければ消えてしまう時代です。遠慮していては何もできない。何事も控えめにという謙譲の美徳も、今の時代には合わないことなのかもしれません。古くは電車車内でのウォークマンの音が迷惑ということがありました。最近では、自転車の歩道走行。混雑時の駅でのキャスター利用。ケータイの見ながら歩行など周囲の状況が目に入らない自分勝手な動きをする人が増えています。多くの人が集まるところでは迷惑行為と思えるようなことがたくさんあります。 

 彼らにマナーと言っても「それは私の自由です」と言って、きっと何のことだか意味がわからないでしょう。今の時代「言われなくともわかるだろう」は通用しません。自由と自分勝手、自己中の区別がつかない人が多いからです。残念なことにマナーと言う言葉は既に死語になっているのではないでしょうか。 

 

 しかし、そんな彼らにも守らなくてはならない「社会のルール」は理解できます。ある意味、電車の車内放送はマナーという今時の社会のルールを教えているのです。何故、このようなマナーの話をしたかというと、実は「職場のマナー」にも同じことが当てはまるからです。

 会社というところはチームワークを通して仕事をする仕組みになっています。連携プレーで仕事をするようにできています。ですから、一部署のミス他部署迷惑をかけることになります。同じように職場内での一人のミスが自部署の他者に迷惑を掛けます。会社の仕事はチームプレイで成り立っています。皆で協力して仕事をするという団体行動の一部なのです。

 

 ところが、各人の仕事振りが個人行動になっている会社を多く見かけます。個人行動ならまだしも、ひどいところでは仕事のやり方、進め方が自由行動のレベルになっている処もあります。

 周囲のことに目が向かず自分のことを最優先する。他人の動きが気にならない。そういう人の頭の中にあるのは自分の仕事のことだけです。会社の一員であることを忘れ、自分に与えられた仕事だけをやっていれば良いと自分勝手に思っている。それで自身の役割責任を果たしていると勘違いしています。彼らにとって、大切なことは自分のやり方、スタイル、自分の都合、スケジュールです。自分を主張することで他人に迷惑をかけるとは思わない。

不快感を与えるとも気付かないでしょう。アルバイトや派遣ならまだしも、正社員がこのような状況では困ったものです。

 いくら自分に与えられた仕事だからといって仕事のやり方にもマナーがあります。自分の仕事という職務以外にも、職場の一員としての職務があることを忘れています。

 

 例えば、上司から大事な会議の資料を作成するように指示された部下がいたとします。しかし、その時彼は自分のミスがもとで別の仕事に追われており、そのような余裕が全く無かった。その際、彼は自身の仕事の状況について上司に報告をせず、資料作成の仕事を断りませんでした。結局、彼は指示された期日までに資料を作れず、そのために結局その会議を開けず先延ばしになってしまった。

 このような状況では職場の連係プレーが上手く行くはずがありません。

各人がバラバラな動きをしていたのでは部署内の動き方がチグハグになってしまいます。

 

  メンバーの仕事に対する意欲や責任感の温度差が激しい職場ではチームプレイには欠かせない「報告、連絡、相談、確認という基本的な仕事のコミュニケーションが全く取れなくなっています。

 そういう会社では、このような問題を職場のマナーという自主的な動きでコミュニュケーションの問題を解決することは難しいと思います。

むしろ一人一人の自主性に期待するよりも、禁煙のように「守らなければならない会社の規律、職場のルール」として、その内容をハッキリさせた方が望ましいかもしれません。そうして職場の一員としての職務の内容について共通認識を統一すべきではないでしょうか。職場のルール、会社のルールという皆が守るべき共通のルール、共通の動き方を、今一度明らかにすることが求められます。

 

 ( 平成12年9月25日 )                  ©公認会計士 井出事務所

 

  ► 関連項目 経営幹部のコミュニケーション術