「看る眼」を養う

 

「カラン」と乾いたグラスの音が聞こえただけでお水を注いでくれるバーマン。「キャベツはいかがですか。ご飯、もう少しどうでしょう」と向こうから声をかけてくれる豚カツ屋さん。「何か雑誌をお持ちしましょうか。何かお飲みモノはいかがですか」小まめに気を使ってくれるヘアーサロンの店員さん。

どのような商売でも、感じの良い店には、必ずと言って良いほど、気の利く店員さんがいるものです。

カリスマ店員、カリスマ・スタイリストという呼び方がありますが、サービス業では、お店にお客様が付くのではなく、人にお客様が付きます。そのことは今も昔も何も変わっていません。その人がお目当てで店に通うお客様が多くいる。ビジネス的に言うと、数字を持っている店員さんです。昔はそのような人を「看板娘」と呼んでいました。

確かにその人の見た目の良さ、ルックスに惹かれるお客様もいるでしょう。しかし、彼らがイケメン店員であるとは限りません。むしろ、カリスマ何がしと呼ばれる人に共通することは、気配りや心遣いに長けていることです。

 「痒いところに手が届く」というか。いちいち言葉にしなくとも、顔を見ただけでこちらの思いを察してくれる。パッと目が合っただけで、今自分が感じていることをさり気なくやってくれる。言い難いことがある時も、こちらの表情を察して向こうから声をかけてくれる。さっと動いてくれることです。

店舗営業では、お客様への「気配り・心配り」はサービスではなく、まさに商品そのものなのです。

 

看護婦さんの「看」という字は、訓読みで「みる」と読みます。「飲み物が欲しいのか。何かして欲しいことはあるのか」患者さんの気持ちを読み取る。「何処か、痛いのを我慢しているのか」その心の状況を感じ取るという意味での「みる」です。顔の表情から相手の気持ちを察すること。ちょっとした仕草から向こうの心持を感じ取ることです。この「看る」という字の意味を教えていただいたのは、ヘアー・サロンのチェーン店を経営する土屋さんでした。

彼が、常々、社員に話していたことは「気配りや心配りを売れ」ということです。スタイリスト(美容師)はレベルの高い仕事が出来るのは当たり前で、それプラス、お客様への気配りや心配りが大切だ。それが出来るかどうか。そこが指名率に直結するからです。ひいては、それが各店舗の売上につながります。

この会社で、一番指名率の高かったのは小山さんという女性スタイリストさんでした。彼女は特別カットやスタイリング技術の巧い人ではありません。それでも、彼女目当てのお客様は多く、予約はいつも1ヶ月先まで一杯だったのです。彼女にやってもらうと「いつも元気になれる」「何となく嬉しい気分。楽しい雰囲気になれる」というのが、専らのお客様からの評判です。彼女の優れていたところは、お客様の良き話し相手になれることでした。

つまり「接客力」こそが、彼女の最大の強みだったのです。

そこで、ある男性スタイリストが小山さんの接客技術を盗もうと「どんな話をしているのか」彼女とお客様の会話に耳を傾けていました。話を聞いていると、彼は面白いことに気づきました。実は、彼女は、ほとんど話をしないのです。「なるほどね。大変ですよね。疲れちゃいますよね。楽しみですね。ウキウキしますよね」といった会話の合いの手を入れるだけです。

それでも、お客様は皆小山さんと沢山話した気持ちになって帰っていきます。

彼女は決して話題が豊富なタイプではありません。トーク力に優れている訳ではないのです。しかし、彼女は「聞き上手」になる術を身につけていました。視点を変えれば、相手が言いたいことを気兼ねなく口にするような雰囲気を創るのが巧いのです。

小山さん曰く。席にいるお客様の顔を、ひと目見れば、その時の向こうの心持ちがわかる。だから、それに合わせて“言葉を口にするだけ”とこともなげに言います。まさに、プロの「看る眼」を持ったスタイリストさんだったのです。

彼女からすると「接客のポイント」は、なにも無理してこちらから気遣いの言葉や声をかけることではありません。お客様がアイコンタクトで訴えてくることを素直に受け取って、それを直ぐ返してあげれば良いのです。

お客様の気持ちを感じ取る力。相手の想いを察する力。向こうの気持ちを思いやる。その感受性こそ、接客力の原点です。そして、やはり、それは看る力がベースになると思います。

考えなしに眼の前の光景を眺めていても看る眼は養えません。ジックリと人を観ていても、その人の気持ちが読めなければ看る眼がないと言われても仕方の無いことでしょう

よくよく考えてみると、サービス業の店員さん限らず、相手を看る眼というのは営業を含めビジネス全般に通じる最も求められるビジネス・スキル(技)ではないでしょうか。

 

( 平成28417日 )        © 公認会計士 井出 事務所

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