「見る眼」とプロの「観る目」

 

技術力の高いメーカーさんには、必ずと言ってよいほど品質管理のプロがいます。彼らは、良品と不良品の、ちょっとした違いに直ぐ気付けるプロの眼を持っている人たちです。普通の人では、到底わからないような凹み、歪み、傷を見抜く力を持っています。

では彼等が最初から、このような目視検査に優れた眼を持っていたのかというと、そうではないと思います。長い間のトレーニングによって培われた視覚的な技の賜物です。

人間、誰しも二つの眼を持っていますが、よくよく考えてみると、その能力には大きな差があるように思えてなりません。人は頭に入れる情報の80%くらいを視覚的に捉えると言われています。だからこそ、その人の見る力、能力によって、持っている情報量や情報の質に違いが出てくるのだと思います。

 

どうやら一口に見るといっても、人によって目に見えているモノや眼に映ったことは違うようです。それは、工場の目視検査だけでなく、ビジネスのあらゆるシーンに通じることではないでしょうか。

ちょっと前に、ビジネスマンのヒアリング能力に関して「聞く」と「聴く」の違いについて書きました。

 同じように、視覚的なことに関する「見る」という字と「観る」という字の意味についても考えてみる価値があるように思います。

 

あってはならないことですが、大切な会議の場で、配られた資料の「大切な記述を見落とした。重要な文言が目に入らなかった」という経験をお持ちの方は多いと思います。確かに見たけれども頭に入っていない。記憶にない。見たこと自体は覚えているがそれ以外のことは覚えていない。

では「ちゃんと見た?注意深くその資料を読んだ?丁寧に目を通したか」と問われると答えられない時があります。上司から「お前の目は節穴か。開きめくらか」と言われても仕方のないことです。

要は、文書や字が、ただ眼に映っていただけのことです。どうやら「見る」と書く字の意味は、何かを意識して見るとか、何か特別に注意して見るというレベルのことではないようです。しかし、それではビジネスの世界では一人前として通用しません。注意力が足りないようでは仕事が出来るとは言えないでしょう。

 

目視検査のプロのように純粋に視覚的な感覚で仕事をする人だけでなく、往々にして仕事のできる人は、物事を注意深く見る習慣を身につけているものです。

皆さん「目利き」という言葉をご存知でしょう。目利きの料理人さんは、一目見ただけで魚の良し悪しを見分けることができます。実際に試食しなくとも視覚的に美味しい食材かどうかを判断できるものです。

同じようにアパレル業界のバイヤーさんも、一瞬にしてデザイナーのセンスや服の素材の質、縫製技術のレベルなどを見抜きます。

数字に関わる私共の業界でも同じです。3年間分くらいの決算書をみれば、これまでの延長線上でビジネスをしていればこの先どうなるか、その会社の今後の経営状況がすぐに見えてきます。一般の方は、それは経営数値や決算書に関する知識が豊富だから、わかるのだと思うかもしれません。

しかし、その判断のベースになるのは、シッカリと個々の数字を捉えるところからスタートします。そこが、会社全体の数字の意味を探る。数字を読むことの原点です。そう意味では、見ることに注意力の足りない人には向かない仕事かもしれません。

 

 プロと呼ばれる人は、単に見ることではなく「注意して見る。注意深く見る」といったプロの眼で観て仕事をしています。彼らは商材のチェック・ポイントをシッカリと理解した上で、自分の眼で確かめています。観たことをシッカリと頭に入れている。細かい点まで神経を遣って観ているのです。

つまり、彼らが仕事で注ぐ目線は観察するという「観る」ことです。そこが「見る」と書く字との違いだと思います。

 

ちょっと余談になりまが、このようなプロの眼を持っている人は、いつも目の前の事実をシッカリと客観的に捉えています。それ故「見たことを具体的な言葉に出来る。レポートや文書にまとめる」力に優れています。

常に頭を働かせて物事を観ているので説得のある報告書、具体的でわかりやすいレポートを書けます。このように考えてみると「観る力」と「書く力」は表裏一体の関係にあると思えてなりません。

 

( 平成28410日 )         © 公認会計士 井出 事務所

 

▶ 関連項目:看る眼を養う

 「聞く」と「聴く」の違い